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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4540号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、一八〇八万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年一〇月二八日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で建設中のゴルフ場につきゴルフ会員権契約を締結してゴルフ会員権を取得した原告が、右ゴルフ場の開場の遅延を理由に、右会員権契約を解除したと主張して、右解除に基づく原状回復請求として、入会金及び預託金等の返還を請求する事案である。これに対し、被告は、原告が右会員権契約に基づいて有するゴルフ会員権を被告の原告に対する受託保証人としての求償権の担保として差し入れていることから、原告の右請求は理由がないとして争っている。

一  争いのない事実等(証拠によって認定した事実については括弧内に証拠を摘示する。)

1 被告は、ゴルフ場経営を目的とする会社である。

2 被告は、平成二年二月ころから、ゴルフ場「メイフラワーゴルフクラブ札幌」(以下「本件ゴルフ場」という。)について会員募集をし、同年五月一四日ころ、第一勧業銀行株式会社(以下「訴外銀行」という。)との間で、本件ゴルフ場の会員権を購入した者が右購入代金の支払のため同銀行から借り入れた借入金債務について、右購入者と連帯して保証する旨約した。

3 原告は、平成二年七月三〇日、被告との間で、本件ゴルフ場の法人正会員となる旨のゴルフ会員権契約(以下「本件会員権契約」という。)を締結し、被告に対し、法人入会金二七〇万円及び消費税相当額八万一〇〇〇円を支払い、正会員資格保証金一五三〇万円についてはこれを預託した(以下この正会員資格保証金を「本件預託金」という。)。

4 原告は、右同日、本件預託金の支払のため、訴外銀行から、毎月一二日限り一八万五六三〇円を支払う等の約定で、一五三〇万円を借り入れた(以下「本件ローン」という。)。

5 被告は、右同日、原告の委託に基づき、訴外銀行に対し、本件ローンに基づく原告の債務につき原告と連帯して保証し、原告は、右保証契約に基づく被告の求償権を担保するため、被告に対し、「メイフラワーゴルフクラブ札幌預り保証金証書」(以下「本件証書」という。)を担保として差し入れる旨約し、本件証書を被告に交付した。右担保権設定契約においては、原告が本件ゴルフ場のプレー権付施設利用権を有する旨合意されている。

6 原告は、平成六年一〇月二七日到達の内容証明郵便で、被告に対し、本件ゴルフ場の開場が遅れたことを理由として本件会員権契約を解除する旨の意思表示をした。

7 原告は、平成七年四月一二日以降、本件ローンの毎月の返済をしていない。

8 訴外銀行は、平成七年五月一七日、被告に対し、前記5の連帯保証契約に基づき、本件ローンの残金九七六万五七二七円、未収利息一九万二八九五円及び損害金四二六一円の合計九九六万二八八三円の支払を請求した。

二  争点

1 原告は、本件会員権契約に基づいて有するゴルフ会員権(以下「本件会員権」という。)について、保証契約に基づく被告の求償権の担保のため、譲渡担保を設定したか否か。

(被告の主張)

原告は、被告に対し、前記争いのない事実等5のとおり本件証書を差し入れたことにより、本件会員権を譲渡担保に供したものである。

原告は、被告が原告に本件会員権自体を譲渡担保に供した場合、本件会員権は混同により消滅すると主張するが、被告は本件会員権の交換価値を把握するために担保権を設定したにすぎず、設定後も開場後のゴルフ場のプレー権付施設利用権は原告に帰属するのであって、被告は、右譲渡担保権を実行しない限り、本件会員権を確定的に取得するものではないから、本件会員権が混同により消滅することとはならない。

(原告の主張)

原告は、被告に対し本件証書を交付したが、原告がプレー権付施設利用権を有していることからしても、あくまで右証書それ自体を担保として差し入れたにすぎず、ゴルフ会員権を担保として提供したものではない。

被告は、本件会員権自体について譲渡担保の設定を受けたと主張するが、仮に本件会員権自体を譲渡担保に提供したとすれば、被告は、債権者としての会員の地位と、債務者としてのゴルフ場の経営主体の地位を併せ持つこととなり、本件会員権は混同により消滅してしまうこととなるから、被告の右主張は法的に無意味な主張である。

2 (前記1で本件会員権に譲渡担保が設定されていることを前提として)原告の解除の意思表示(前記争いのない事実等6)は有効か否か。

(被告の主張)

ゴルフ会員権についての譲渡担保権は、債権質の場合と同様に、目的債権についての交換価値を排他的に支配する権利であるから、本件会員権についての管理及び処分の権能は、譲渡担保の設定とともに被告に移転したものであり、原告は、被告の同意なくして、本件会員権について、譲渡担保権を侵害するおそれのある処分及び取立て等の行為をすることはできないところ、本件会員権契約の解除は、本件会員権を消滅させる行為であって、譲渡担保権を侵害する行為であることは明らかである。したがって、原告は、本件会員権契約の解除権を行使できない地位にあるのであって、原告の解除の意思表示は無効である。

(原告の主張)

被告に債務不履行が存する以上、解除権の行使自体は、譲渡担保権の有無によって妨げられず、また、被告は、民法五四五条一項ただし書きにいう「第三者」にも該当しないから、解除は有効である。

3 (前記2で解除が無効であることを前提として)本件において、被告が原告の解除の意思表示の無効を主張することが信義則に反するか否か。

(原告の主張)

本件においては、被告は、ゴルフ場を開場して原告に利用させる義務を怠り、債務不履行を引き起こした当事者でありながら、本件請求に対しては、譲渡担保権者の地位を主張して解除の無効を主張し、自らの債務不履行の責任を一方的に原告に負わせようとするものであって、被告の右主張は、契約当事者を支配する信義誠実の原則に反するものというべきである。

また、原告は、前記争いのない事実第7のとおり、本件ローンの支払を遅滞しているのであるから、被告としては、原告に対する事前求償権を行使し、本件請求を右事前求償権と対当額で相殺すれば、何らの不利益を被ることなく自己の求償権を満足できるから、被告が解除の無効を主張し得ないとしても何ら不都合な点はない。

(被告の主張)

原告は、本件会員権に譲渡担保権を設定することにより、自己資金を要せず、本件ローンによって本件会員権を取得することができたのであって、右譲渡担保権の設定により、大きな利益を享受したものである。原告は、自らの意思で本件ローンによる会員権の取得の方法を選んだ以上、本件ローンの完済までは譲渡担保権の設定による管理処分権の制限を受忍すべきである。にもかかわらず、原告は、本件ローンの返済を遅滞しており、被告は訴外銀行から保証債務の履行を請求されているのであって、信義則に関する原告の主張は失当である。

第三  争点に対する判断

一  本件会員権に対する譲渡担保の設定の有無について

1 前記争いのない事実等4及び5記載のとおり、被告は、訴外銀行に対し、本件ローンの支払債務について原告と連帯して保証し、右保証に基づく求償権の担保として原告から本件証書の交付を受けたものであるが、原告は本件ゴルフ場でのプレー権付施設利用権を有することとされている。

そして、乙第二号証中には、原告は、本件ローンの完済まで本件証書を担保として被告に預託し、右完済の時まで第三者に対して本件会員権の譲渡及び担保提供を行ってはならず、本件ローンの支払を遅滞したときには直ちに被告に対し本件会員権を放棄し、被告が本件預託金を訴外銀行への弁済に充当することに異議がない旨の約定が存することが認められる。

2 右約定は、文言上は本件証書を担保として預託することとしているものの、担保を実効あらしめるために被告が本件証書の交付を受けることとしているものであり、これに加えて原告による第三者に対する譲渡及び担保権の設定を禁じ、さらに、本件ローンの債務不履行があったときには原告が被告に対し直ちに本件会員権を放棄し、被告が本件預託金を訴外銀行への弁済に充当することができることとしているのであるから、担保のために必要な限度で本件会員権を移転するものと見て差し支えなく、原告が債務を履行しなかつた場合は、被告において本件会員権を確定的に取得して、本件預託金をもって保証債務の弁済に当てることができる旨を合意したものであるということができ、被告が本件会員権を確定的に取得した時点で本件会員権は混同により消滅することとなるからいわゆる帰属清算を行うべきであって、右取得の時点における本件会員権の取得価格が本件預託金の金額を上回っている場合に清算金の金額をどのように算定すべきかという問題はなお検討を要するが、いずれにしても原告が本件会員権(預託金返還請求権や施設利用権等からなる複合的な権利)を被告に対して譲渡担保に供したものと解するのが相当である。

これに対して、原告は、プレー権付施設利用権を有していることを理由に、右約定は単に本件証書を担保として被告に差し入れることを認めたに過ぎないと主張する。

しかし、ゴルフ会員権に対する譲渡担保権の設定による権利移転の効力は、債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであって、プレー権付施設利用権に基づく施設の利用はゴルフ会員権の担保価値を減ずるものではないから、譲渡担保権の設定によってゴルフ場施設の利用が妨げられるものではない。原告がプレー権付施設利用権を行使しうるのは右のような理由からであって、施設が利用できるという事実から、本件会員権が譲渡担保に供されていないと解することはできない。また、本件証書のような預託金証書は、有価証券ではなく、それのみでは何の財産的価値も有しないので、文字どおり証書自体を担保とするというのであれば経済的合理性を欠く行為となるし、第三者に対する譲渡及び担保権設定を事実上封ずるために本件証書の占有を確保する意味はあるが、それにとどまらず、本件会員権の移転の約定がされているものと解するのが相当であることは、前記のとおりである。

さらに、原告は、本件会員権を譲渡担保に供したとすれば、本件会員権は混同により消滅することになるとして、これを理由に被告の主張は法的に無意味であるとも主張する。

しかし、前述のとおり、譲渡担保権による権利移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要とする範囲内においてのみ認められるのであるから、譲渡担保権の設定と同時に権利が完全に債権者に移転するものではなく、債務者が債務不履行に陥って担保権実行の段階に入り、それが債務者が受戻権を失うことによって完結した場合に初めて終局的に権利移転の効力が生じ、混同により消滅することとなると解するのが相当である。したがって、それまでは権利が終局的に債権者に移転するわけではないから、本件の場合も、本件会員権に譲渡担保権を設定したからといって、直ちに混同によってこれが消滅するものではない。また、終局的に権利移転の効力が生じれば混同により本件会員権が消滅することとなるものの、いわゆる帰属清算を行うこととなるものと解すべきことも既に述べたとおりであって、この場合も何ら不合理な点はないものというべきである。原告の主張には理由がない。

二  原告による本件会員権契約の解除の効力について

ゴルフ会員権に対する譲渡担保権の設定は、本件会員権の担保価値を把握することにより、債権担保の目的を達するためにされることにあることにかんがみれば、債権質の場合に質権者が債権の取立権を有し(民法三六七条)、設定者が質入債権につき、質権者の同意なくして質入債権の取立て等の処分権を行使できないと解されているのと同様に、ゴルフ会員権の譲渡担保の設定者は、譲渡担保権者の同意がない限り、譲渡担保権の内容に変更を及ぼすおそれのある処分行為等をすることはできないと解するべきである。そして、債務不履行を理由とするゴルフ会員権契約の解除も、譲渡担保の目的である権利を消滅させるものであるから、譲渡担保権者の同意を要するものと解するのが相当である。

右の理は、譲渡担保権者が第三者の場合のみならず、ゴルフ会員権契約の一方当事者である場合にも同様に当てはまるものというべきである。なぜならば、後者の場合にはゴルフ会員権契約の当事者の資格とゴルフ会員権についての譲渡担保権者の資格とが別個独立のものとして並存し、それぞれの資格が異なる法的利益を有するから、ゴルフ会員権契約の他方の当事者が債務不履行を理由に当該契約を解除しようとするときには、譲渡担保権者の同意が得られないのであれば、まず譲渡担保権の被担保債権を弁済により消滅させて譲渡担保権も消滅させることを要し、その上であればゴルフ会員権契約を解除することができると解するのが相当であり、そのように解しても、譲渡担保権者が第三者の場合と比してゴルフ会員権を有する者を不当に不利益に扱うことにならないからである。

そうすると、本件会員権契約の解除は、契約上の地位の総体としての本件会員権を消滅させる行為であるから、原告は、譲渡担保権者である被告の同意がない限り、本件会員権契約を解除することはできないと解するのが相当である。本件では、原告において、右同意の存在についての主張立証がなく、本件の弁論の全趣旨によれば、右の被告の同意は存在しないものと認められるから、原告の解除の意思表示(前記争いのない事実等6)は無効である。

原告は、契約当事者に債務不履行がある以上、解除権の行使自体は妨げられない旨主張するが、右主張には理由がないことは右に述べたとおりである。また、原告は、被告は民法五四五条一項ただし書にいう第三者に該当しないから解除は許されるとも主張するが、同条項ただし書は解除の遡及効に制限を加える規定であるところ、本件は解除権の行使そのものが許されるか否かの問題であるので、同条項ただし書が問題となる場面ではない。

三  信義則違反の有無について

原告は、譲渡担保権者であると同時に債務不履行の当事者である被告が本件会員権契約の解除の無効を主張することは信義則に反する旨主張する。原告の右主張は、ゴルフ場の開場遅滞という債務不履行をした被告が預託金の返還を免れる一方、原告がゴルフ場の使用も預託金の返還請求もできないまま、本件ローンの支払義務を負担する結果となることは不当であるとの見解に基づくものであると解される。

しかしながら、原告は、本件譲渡担保の設定により、被告の同意がない限り、譲渡担保権の内容に変更を加えるおそれのある処分行為等をすることができない地位にあるために、本件会員権契約を解除できないものであって、右の理は、譲渡担保権者が会員権契約の当事者であるか、又は第三者であるかを問わず当てはまることは前述のとおりである。債務不履行をしたゴルフ場会社が預託金の返還を免れる一方、譲渡担保設定者である会員がゴルフ場の使用も預託金の返還請求もできないという結果は、第三者が譲渡担保権者である場合にも生ずるのであって、このような結果は、原告が本件譲渡担保の設定により、前記のような地位の制限を受ける結果として甘受すべき不利益であるといわざるを得ない。

特に、本件においては、前記争いのない事実等7、8のとおり、原告は本件ローンの支払を遅滞しており、被告は、訴外銀行から本件保証債務の履行を請求されているものであるから、このような状況の下では、被告としては、求償権の保全のため、解除の無効を主張して預託金の返還を拒む必要性は高いものである。原告は、被告は原告に対する事前求償権と本件請求を相殺すれば、何らの不利益を被ることなく自己の求償権を満足できるとして、これを理由に被告が解除の無効を主張し得ないとしても何ら不都合な点はない旨主張するが、相殺の抗弁を提出するか否かは被告の自由というべきであり、右の点を信義則の適用の根拠とすることはできない。

以上によれば、信義則に関する原告の前記主張は理由がない。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高世三郎 裁判官 小野憲一 裁判官 前沢達朗)

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